<図書>
ケッキョク ゴクシテキ ラディカリズム ナンダ : スズキ シロウヤス ヒョウゲン ロン エッセイ シュウ
結局、極私的ラディカリズムなんだ : 鈴木志郎康表現論エッセイ集 / 鈴木志郎康著
データ種別 | 図書 |
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出版者 | 東京 : 書肆山田 |
出版年 | 2011.11 |
大きさ | 255p ; 20cm |
巻冊次 | PRICE:2800円+税 |
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本文言語 | 日本語 |
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内容注記 | 目次:「個人映画」の映像表現 10/ I 魂の奥底に水が流れている――ジョナス・メカス『リトアニアへの旅の追憶』 /六〇年代アメリカアンダーグラウンド映画の根強い思想形成――ジョナス・メカス『ウォールデン』 マイノリティの実在感――来日したジョナス・メカスとともに 言語が場面というものになる――ジョナス・メカス詩集『森の中で』について II わたしにとっての小川紳介さん 人の心の底へ食い込む映画作り――小川紳介監督の足跡を辿る 小川プロ映画のすべての萌芽がここにあると見えてしまう――小川紳助監督作品『青年の海』 III 瞬間の集積木村伊兵衛の全コンタクトを見る IV 15日間全スクリプト 言葉なき言葉の空間 「風の積分」と「L虚空間」 V 「無用」に身を入れる――つげ義春『無能の人』 つげ義春の「蒸発」ということ VI 言葉の発送の基本 吉岡実の詩を精読すること 詩の現前に向かって 詩の実質――極私的詩ノート ラディカリズムの貫徹――伊藤聚小論 内容:映画も写真も! 漫画も詩も! 鈴木志郎康 人が表現するって何なんだ―と考える ジョナス・メカス、小川紳介、木村伊兵衛、つげ義春、吉岡実、藤井貞和、伊藤聚らの作品をつぶさに追い、また自らが何故に映像作品・詩作品を創りつづけるのかを考える。 |
一般注記 | 巻末に初出紙誌あり 編集協力=渡辺 洋 装幀=亞令 |
著者標目 | 鈴木, 志郎康(1935-) <スズキ, シロウヤス> |
分 類 | NDC9:778.21 TDC:141 |
書誌ID | LB00196375 |
NCID | BB13798747 |